Eres mi única ESTRELLA brillante

旅とGRとエストレヤ

復活

実にほぼ二ヶ月半ぶりにバイクに乗る。
 
新型コロナでおとなしく自粛していたわけではなく、ましてや県外ナンバーっていうことで煽り運転や嫌がらせに怯えていたわけでもない。
 
実は、恥ずかしながら突然の痛風を発症し、左足が爪先から足首、ふくらはぎや脛まで痛くて
痛くて、とてもではないがバイクにまたがってシフト操作をするような状態ではなかったのだ。
その間、仕方がないので、一念発起して可能な限り食生活を改善するなど節制をし、酒を断ち、飲み物はお茶とコーヒーと牛乳しか取らずに春から初夏にかけてのいちばんバイク乗りにとっていい時期を家の中に閉じこもって悶々として過ごし、たまにバッテリーあがりを防ぐためにシートを外してエンジンを掛けたり、洗車したりかんたんなメンテナンスをしたりする他は、休日という休日はずっと一日中、本を読んでいた。
 
 
 
 
そんなわけで、ようやく本日ヘルメットをかぶって道路に出る。
 
久しぶりにバイクに乗ったときの微妙な違和感、マシンのメカニズムと自分の動作がシンクロしていないぎこちなさが新鮮だ。
 
愛車のご機嫌を伺いながら10キロほどゆっくりコトコト走っていると、ほどなく温まったオイルがエンジン全体に巡らされていくように、自分の一挙手一投足がマシンの動きに反映されるリアルタイムな反応を感じるようになってくる。これぞ人馬一体、愛車との濃密なコミュニケーションだ。
 
これだ、これですよ。これを二ヶ月半あまりのあいだ、待ち望んでいたのだ。
 
聞くところによると、達人レベルにまで達すると、この感覚、自分の五感がマシンとシンクロするのはもちろんのこと、だんだんそれが拡大されていき、エンジンのトルクがタイヤを通して路面に伝わるイメージや、いわゆるう皮膚感覚が自分とオートバイだけにとどまらず、その周辺までじわじわと広がってくるなどというが、流石にまだそこまでは達してないし、これからもそんなララアとかフォウみたいな感覚が得られるような気はしない。
 
マシンと一体になっている感覚というのは、このガソリンを燃やして推進する金属の無機質な機械が、その機体の上に載せているライダーと一つになって初めてオートバイという完全体になるということを改めて意識することだと思う。
こういう状態に「入ってる」ときは、エンジンの排気音や、メカニカルノイズ、耳元で風をきる音、振動、そしてあらゆる匂い、マシンから伝わるほんのちょっとした挙動が自分の肉体の一部のようにダイレクトに伝わってくるので、一種のトランス状態、要するに「キマっちゃってる」感じなのだ。
 
そんな喜びを感じながら、30キロほど軽く市内を走って帰宅。14時。
 
4636.7キロ走行。
 
今日もいい休日であった。
 
2020/05/12
 
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